演奏家のためのスポーツ運動心理学シリーズ、第5回です。
「この緊張、どうにかならないかな」「緊張がなくなればいいのに」——本番前にそう思ったことはありませんか?
手が震える、心臓がドキドキする、ネガティブな考えが頭をよぎる——。実は、緊張そのものより、緊張の受け取り方がパフォーマンスを左右することが、スポーツ運動心理学(Weinberg & Gould, 2024 *PR)の研究で明らかになっています。以下、Jones(1995)、Jones et al.(1994)、Hanton et al.(2011)、Hanton & Jones(1999a, b)の知見をもとにご紹介します。

1. 「緊張の量」より「緊張の解釈」
Jones(1995)およびJones et al.(1994)は、不安とパフォーマンスの関係を理解するうえで、強度(どの程度不安を感じるか)だけでなく、方向性(その不安を促進的と捉えるか、阻害的と捉えるか)が重要であることを示しました。
不安の受け取り方には2種類あります。
- 促進的不安(facilitative anxiety):緊張をパフォーマンスにとってポジティブなもの、助けになるものと捉える
- 阻害的不安(debilitative anxiety):緊張をパフォーマンスにとってネガティブなもの、有害なものと捉える
同じ「ドキドキ」でも、「集中できているサインだ」と受け取るか、「失敗する予感だ」と受け取るかで、その後のパフォーマンスは大きく変わります。
2. カギは「コントロール感」
では、緊張を促進的に捉えられるかどうかは、何によって決まるのでしょうか。
自分がその状況をコントロールできると感じているかどうかが、最も重要な分かれ目です。
ピアノの本番に置き換えて考えてみましょう。
- 「この曲は十分に練習した」「ミスしても対処できる準備がある」と感じている
→促進的不安が生じやすい - 「また失敗するかも」「暗譜が飛んだらどうしよう」と感じている
→阻害的不安が生じやすい
つまり、本番当日の緊張の質は、それ以前の準備によって大きく変わります。#2でご紹介した「1週間前の科学的準備」が、当日の心理状態にも影響しているのはこのためです。
3. 結果を残すアスリートは「緊張しない」のではなく「緊張の受け取り方」が違う
研究では、結果を残すアスリートはそうでないアスリートと比較して、不安症状をより促進的に解釈し、自信も高い傾向があることが示されています。
彼らが「緊張しない」のではありません。緊張の受け取り方を、スキルとして身につけているのです。
さらに、目標設定・イメージ・セルフトークといった心理的スキルを活用することで、不安を一貫して促進的に捉えられるようになることも明らかになっています。これは生まれつきの才能ではなく、練習によって習得できるスキルです。
4. 本番前に自分に声掛けしてみよう
緊張を感じたとき、例えば、自身にこう声掛けしてみましょう。
「今この瞬間、自分にできることに集中しよう」
緊張をゼロにする必要はありません。それを「促進的」に受け取るスキルを育てることが、本番で力を出し切るための、科学的なアプローチです。
参考:Weinberg & Gould(2024)のスポーツ心理学テキストに基づく。本ブログは、スポーツ心理学の知見をピアノ学習の文脈で紹介するものであり、研究の対象はスポーツ・身体活動場面です。
Nohantは、皆さまの本番を科学で応援しています。
<ご案内>Nohantの弾き合い会は、「人前で弾く」経験を安心して積める場所です。回数を重ねるほどコントロール感が育ち、緊張が少しずつ味方になっていきます。ぜひご活用ください💁



